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2008年3月15日更新

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可哀想な少年(平成18年6月号)

 犯罪の低年化が叫ばれて久しい。

 そして、今は小中学校の登校時を狙う不審者の出没で保護者の不安は頂点に達している。

 そんな中で起きた中学一年生の自宅放火による幼児の死亡と両親負傷事件は、私にとってこれまでの青少年問題の総括を問われる衝撃だった。

 40年間の教員生活の経緯を回顧してみると、現在の少年問題の源泉を辿ることが出来るような気がするからだ。

 退職直後のある晩、慌しい電話のベルに受話器をとると「先生!殺されそうです。

 どうしたらいいのですか」とのお母さんの声。

 「逃げてはダメです。しっかり抱きしめてあげなさい」家庭内暴力でした。

 在職中校内暴力に手を焼いた私は、家庭に於ける両親の態度こそ、これを防止する唯一の手段と考え、さまざまな方法で親教育を施した思い出が甦った。

 人類が地球上に出現して以来、親子関係は永遠にある筈。

 その原泉には種族保存や男女関係があり、生活共同体を円滑に営むには宗教の力があったと結論づけられます。

 そんな祖先の営々たる努力が崩壊してしまったのが現在の悲劇であり、子供達はそんな社会の犠牲者なのです。

 出来ちゃった結婚などの言葉が流行するほど、祝福されないで生まれた子供が多い。

 しかも病院のベットで医者以外に誰も立ち合わず、出産後直ちに保育室に運ばれて番号で処理されている。

 私の母など、忙しい稼業の中で七人も出産したが、ひとりひとりにその時の模様を覚えている。

 「お前は正月の朝風呂で産気づき、急いで新聞紙を敷いてその上へ産んだのだよ」と私に話してくれた。

 マメに体を動かしていると軽く出産できる見本のようだ。

 この少年は両親が離婚して母親が引き取ったそうだが、生まれたわが子に自慢も祝福もできないから家庭内暴力で反抗される。

 自我に目覚める反抗期を迎えてから父親との同居を希望したそうだが、その父親は再婚しており、自分に辛く当たる。少年は父親に自分の投影を見ながら自閉の毎日を送っていたに違いない。

 児童相談所の職員は事務的処理に責任は持つが、宗教的教育はできない。

 私は、小学校卒業と同時にお寺の和尚さんに救われた。

 毎日の掃除とお使いとお客さんの接待を厳しく躾けられたことで、今の私があるように思う。

 放火殺人罪で起訴されるこの少年と、私の少年時代を対比しながら、可哀想で涙が止まらない毎日です。

南無大師遍照金剛