光明寺 佐光慈豊和尚のテレホン法話
四恩について(平成18年10月号)
- 一つ、大師の誓願により、二世の信心を決定すべし
一つ、四恩十善の教えを奉じ、人の人たる道を守るべし
一つ、因果必然の道理を信じ、自他のいのちを生かすべし
高野山金剛講の人達は、この三信条を日常生活の指針として、大師信仰の実践を行なっております。
今回はこの中の四恩についてお話します。
弘法大師空海は多くの弟子に教えて、「法界はすべてこれ四恩なり」「われ四恩の高徳に報謝せん」と申されております。
四恩とは (一)父母の恩 (二)国王の恩 (三)衆生の恩 (四)三宝の恩 のことであります。
物が豊かになり経済が安定するにつれて忘れ去ってしまったものの一つに「恩」があります。
人の口から出る言葉に「この恩知らず」とか「恩を仇で返す」とかがありますが、これは四恩の意味からは遠く隔たり、かつ変質してしまっているのです。
今の時代があまりにも現世利益的で、しかも即物的になり過ぎてしまったため、恩の意味も自分中心にしか考えられなくなってしまったためです。
それでは弘法大師の四恩とは、どんな広い意味があるのでしょうか。
父母の恩ということについて私に感動的な体験があります。光明寺の先代、法純和尚は96歳で亡くなりましたが、晩年は毎日墓地の草むしりを日課としていました。
ある日私が「老僧は何故そんなに一所懸命他人の墓地の草むしりをするのですか」と訊ねますと、「わしは四国の生まれで、両親の墓が遠いためお詣りもできない。
だから身近な他人の墓でもキレイにしてお詣りすれば、心は故郷の両親に通ずるのだ」とおっしゃいました。
私は頭をガンと殴られたようで、自らの不明を詫びるしか他に言葉はありませんでした。
真の恩というのは報酬を求めたり効果を期待するものではなく、生かされているいのちへの感謝の気持ちであるということを、つくづくと悟った次第であります。
南無大師遍照金剛