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2008年3月15日更新

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こころの故郷(平成18年12月号)

 今回はこころの故郷というお話を致します。

 “故郷の山に向かいて言うことなし 故郷の山は有り難きかな”

 石川啄木ならずとも、故郷は心にしみじみとしたものを感じさせ、いつもお母さんのように温かく迎えてくれるものがあります。

 “ふる里は よるもさわるも茨の花”

 故郷信州を出て江戸で暮らしていた一茶にとって、久し振りに帰って来た故郷の人は、冷ややかでした。

 「故郷は遠きにありて思うもの」同じように不遇な少年時代の思い出を残す室生犀星も、心の中にいつも故郷への望郷の思いを抱いていました。

 私たち、この世に生まれそしてやがては死んでゆく身にとって、帰るべき故郷とは何でしょうか。

 それは阿の世界なのです。阿とは梵語の という字で現わします。

 生もなく死もなく悩みも苦しみもなく、本来無東西の世界なのです。

 私たちは、そういう世界から縁あってこの世の娑婆世界に生まれたのです。

 しかし、縁が切れれば再び の世界に帰らねばなりません。

 それを「死」とは云うものの、生まれ故郷へ帰る永遠の旅でもあるのです。

 「死」は辛く悲しいものですが、いつか帰るべきこころを故郷として持ち続けていなければならないものでもあるのです。

 “阿字の子が阿字の故郷立ち出でて また立ち返る阿字の故郷”

南無大師遍照金剛