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老人の心訓(平成19年7月号)

 今日は精神医学者新福尚武先生の作った「老人の心訓」についてご紹介いたします。

 まずゆっくり読んでみましょう。



一、 老人にとって、一番さみしいことは、する仕事のないことです。

一、 老人にとって、一番みじめなことは、手足や体が不自由となって、人間らしい生活のできなくなることです。

一、 老人にとって、一番悲しいことは、敬して遠ざけられることです。

一、 老人にとって、一番みにくいことは、過去にしがみつくことです。

一、 老人にとって、一番楽しいことは、まだ社会に役立つことができると自覚することです。

一、 老人にとって、一番美しいことは、若い者の邪魔にならず、若い者のためになるよう、陰の力をつくすことです。

一、老人にとって、一番尊いことは、死を忘れないことです。



 「考える」という字は、足を地面に向けてピンと立っておりますが、老人の「老」といという字は、足を前の方へ投げ出して寝込んでいる姿なのです。

 誰しも長寿でありたいと思うのは、人間共通の願いです。

 老人だからといって、ただゴロゴロしていたのでは、却って老化を早めてしまいます。

 そのためには「考える」老人にならなければなりません。

 故友松円諦先生は、いたずらに年齢をとった「空老」ではなく、学ぶ心をもった「学老」でありたいと云われました。

 いつまでも学ぶことを忘れず、「自分なりに工夫して年をとってゆく」努力をして下さい。

南無大師遍照金剛