第十六番霊場
金剛山 鑁阿寺(ばんなじ)
【 真言宗大日派本山 】
本尊 大日如来(胎蔵界)
真言:おんあびらうんきゃん
御詠歌:だいにちの みひかりうけて さくはなも ほとけのかごに あらざるはなし
- 昔から「足利の大日さま」で親しまれてきた寺。
JR足利駅から歩いて10分。
足利市街の中心にあり隣には最古の学校跡で知られる足利学校がある。
寺は足利氏の居館跡で源義国がこの地に別荘として建てたのがはじまり。
その子義康が住居とし、足利氏とした。
寺域は四万平方メートル。
四周には堀と土塁それに門があり、南側の反橋を渡れば、建久七年(1196)建立の楼門がある。
正面には文治五年(1189)建立の義康の子義兼の大日堂があり、十間四面入母屋造りの建物。
守り本尊の大日如来が奉安されている。
建久七年(1196)義兼は妻の時子が亡くなると剃髪して鑁阿と称し、持仏堂を鑁阿寺に改めている。
義兼は、足利尊氏の六代の祖に当たり寺は足利氏の氏寺として栄え、大きな災火にも遇わず、本堂・鐘楼・一切経堂は創建当時のまま残り国の重文に、また楼門・東門・西門・多宝塔は県の指定重文になっている。
このほか大黒天奉安の建久七年建立の宝庫(校倉造り)をはじめ広い境内に諸堂が散在する。
また、寺宝類も多く鑁阿寺文書をはじめ多くの文化財を所蔵している。
古い歴史の重みにささえられた寺だが四方の門から自由に出入りでき門戸を開放した庶民の寺でもある。
未年と申年の守り本尊として厄除け、開運招福、学業成就などの願いごとに霊験あらたかと信仰され、初詣から祈願者で賑わっている。
関東へんろにも住職山越師は人一倍の理解を示されあたたかく迎えてくれる。
二月の節分会の「鎧年越」は鎧武者行列で有名。
足利は歴史と文化のまちといわれているように街中は落着いたたたづまいと、由緒ある寺々が散在する。
また、足利学校跡や足利氏ゆかりの史跡を訪ねることもできる。
時間をとり余裕のある巡拝にしたいところ。