第六十七番霊場
佛法山 東漸寺(とうぜんじ)
【 高野山真言宗 】
本尊 不動明王
真言:のうまくさまんだばざらだんせんだまかろしゃだそわたやうんたらたかんまん
御詠歌:ありがたや つづきのおかの もりかげに ちえのまもりの のりのみこえよ
- 鴨居から鶴見川を渡って中原街道の佐江戸へ。
小高い丘の上にある寺へは参道石段があり、登りつめたところに入母屋造り銅葺、唐破風向拝付六間半と五間半の本堂、左に文殊堂、右に客殿・庫裡(納経所)がある。
天平十六年(744)僧・行基はこの地に留錫し草庵を結び、文殊菩薩を造顕奉安した。
これが寺のはじまりで、永享十二年(1440)僧・智運が不動明王を奉安して開山した。
寛永十年(1633)より寛文十二年(1672)には領主竹尾元孝の菩提所となり江戸幕府より朱印五石を得ている。
当時の境内は7千坪あり寺運は盛んであったが、明治・大正と荒廃し、昭和四十六年より本堂をはじめとする諸堂が再建され伽藍は整備された。
ご詠歌に「有難や都筑の丘の杜陰に・・・」とあるように、ここは横浜市の中心から離れた緑の多い郊外。
かつての農村地帯の面影をとどめている。
毎年1月成人の日は文殊菩薩の縁日で入試進学を祈願する人で賑わう。