特別霊場
出流山 満願寺(まんがんじ)
−出流観音−
【 真言宗智山派 】
本尊 千手観世音菩薩
真言:おんばざらたらまきりくそわか
御詠歌:ふるさとを はるばるここに たちいづる わがゆくすえは いづくなるらん
- 本四国をへんろしていると道中番外や別格霊場の寺々がある。
いずれも大師ゆかりの霊跡で札所の寺以外に有難いご縁を結ぶことができる。
関東の霊場も八十八ヵ所のほかに七ヵ寺の特別霊場があり、ここ出流はその一つに数えられ、大師ゆかりの古刹として知られている。
また、坂東十七番の観音霊場として全国各地から観音巡礼が訪れている。
足利の十七番宝性寺からは国道293号線を経て葛生より尻内へ、あるいは国道50号線で、佐野から東北道の栃木ICより尻内へのコースもある。
尻内からは標高300メートルの出流山を目ざして石灰岩の採石場を抜けながら7キロあまり奥深い山間の地へとすすむ。
やがて名物の手打ソバ屋が点在し仁王門の前へ。
門をくぐり信徒会館(納経所)から石段を登れば八間4面の入母屋作りの大御堂があらわれる。
明和元年(1764)再建の御堂は唐破風向拝つき。
三手先龍の彫刻で知られ、日本三御堂に数えられる江戸時代末期の代表的な建築。
寺伝によれば天平神護元年(765)日光男体山を開いた勝道上人が開創し、弘仁十一年(820)弘法大師が来錫し、本尊千手観世音を造顕奉安している。
弘法大師はその昔「性霊集」で「臺鏡瑩き磨いで機水に俯して應ずるの沙門勝道という者有り、下野芳賀の人なり・・・」と述べられているが、勝道上人の徳を慕って出流山への巡錫であった。
本堂から奥ノ院へは杉の老樹におおわれた急な山道を登る。
聖天堂・大師の窟といわれる鍾乳洞を経て登りつめたところに10メートルの飛瀑があり行場になっている。
この上の山の絶壁の中腹に舞台造りの奥ノ院がある。
堂内では鍾乳石からなる4メートルほどの十一面観世音の後姿の尊容が拝める。
天平(729〜48)のころ、下野国司・若田氏高藤介の妻・明寿が子宝に恵まれず、祈願して授かったのが後の当山と日光を開基した勝道上人といわれる。
奥ノ院への参拝をお勧めしたい。