特別霊場
高野山 東京別院(とうきょうべついん)
【 高野山真言宗 】
本尊 弘法大師
真言:南無大師遍照金剛
御詠歌:ありがたや たかののやまの いわかげに だいしはいまだ おわしますなる
- 川崎から多摩川を渡り東京へ入り品川より高輪へ。
寺は旧東海道沿いの台地にあり、「弘法大師」の石標のある山門を入れば、正面に昭和六十三年建立の豪壮な本堂がある。
堂内には元禄十六年(1703)本堂再建の際に造顕された弘法大師、左右に不動と愛染明王が奉安されている。
慶長年間(1596〜1614)徳川幕府が江戸に開かれると、高野山の在番所の寺として浅草の日輪寺に寄留し開創したのがはじまりで明暦元年(1655)に現在地を得て延宝元年(1673)堂宇を建立した。
その後元禄十五年(1702)災火により焼失したが、翌十六年に復興、ご府内八十八ヵ所の一番になり隣町の文殊院が八十八番の結願所になった。
明治になってからは葛飾牛島の長寿寺の名蹟を移した。
長寿寺は推古天皇二十五年(617)備後国世羅郡に勅願寺として創建され、僧・行基により信濃国深瀬(現在の松本市)へ移り、寛文四年(1664)には葛飾に移建された古刹。
昭和二年高野山東京別院に改称し、住職は総本山金剛峯寺座主が兼務し、主監が任命されて別院の運営にあたっている。
現在は信徒の祈願・回向はもとより読誦会・写経・華道・茶道・ヨガ・古典舞踊など多彩な催しを行っている。
境内には不動堂・修行大師・お砂踏場などがあり、遍路の受入も万全。